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大化改新の方程式(78) 

なぜ蝦夷は天皇記・国記を焼いたのか
前回、蘇我倉山田石川麻呂にのクーデターへの参加動機をみてみたが、これに絡めて、乙巳の変という事件の性格づけに言及する意見がある。
蘇我蝦夷・入鹿父子が討たれた事件は、蘇我氏の内部争いという性格もあったと考えられる。つまり、入鹿と石川麻呂の宗主権争いである。事件後に蝦夷・入鹿父子の遺産処分についての記事が『日本書紀』にみえないことからすると、事件は、公的権力によって蝦夷・入鹿が討たれたというのではなく、一族の内部争いとして処理されたものと推定される。(『飛鳥の朝廷と王統譜』篠川賢 p.244)

この見方は重要だ。石川麻呂自身が討たれることになる649年の事件では遺産の没収の記事があるのと対照的といえよう。さらに言えば、石川麻呂の事件では、自害した遺体に対して“処刑”が実行されるほどの制裁が加えられ、また、連座して処刑された人数も多い。

一方、乙巳の変では蝦夷とともに殺害された妻子や従者がどのくらいいたかは不明だが、事件のあと蘇我父子を墓に葬り、喪に服して泣くことが許されている。およそ『藤氏家伝』がイメージしている後漢末の董卓のような逆臣に対する措置とは思えない。

少なくとも、事件の後処理としては、「蘇我氏の内部争い」として扱われたことはたしかであろう。

ただ、私は、一歩すすんで、入鹿はともかく、蝦夷の“誅殺”については「蘇我氏の内部争い」として実行されたのであり、そのことは死にゆく蝦夷自身も承知していたのだと考えている。

その証拠が、彼が“誅殺”されるにのぞみ天皇記・国記を焼いたことにあると思う。

実は、日本書紀のこの件を読むと、蝦夷が館に火をつけたとは書かれていない。館に火を放ったところ天皇記・国記・珍宝に類焼したのではなく、明らかにそれらを焼くために蝦夷は火をつけているのである。(さらに言えば、このとき館全体が燃えたとは日本書紀はどこにも書いていない)

天皇記・国記が蝦夷の館にあったのは、厩戸皇子と蘇我馬子が始めたそれらの編纂事業を山背大兄皇子を経て蘇我蝦夷が引き継いだためであろうが、いわば蝦夷のライフワークとして手掛けてきたものを、理不尽な死を迎えるからといって、自ら直接灰燼に帰すような行為にでるだろうか。もし逆臣として討たれるならなおさら、自らが大王のため倭国のために行ってきた証を残し、その潔白を後世にゆだねようとするのではないだろうか。

ただ、1つだけ例外がある。

それは、天皇記・国記の編纂事業および珍宝を、ある人物が引き継ぐことが明らかな場合だけだ。すなわち、その人物とは、蘇我倉山田石川麻呂にほかならない。

蝦夷はこの政変が「蘇我氏の内部争い」であることがわかっていたのであり、それゆえにこそ天皇記・国記の編纂が石川麻呂の手に渡ることを潔しとしなかったのである。

コメント

確かに

「館に火を放った結果天皇記・国記が焼けたのではなく、蝦夷はそれらを焼くために火をつけた」とのご意見、目を開かされる思いがしました。
さらに「その時館全体が燃えたとは日本書紀はどこにも書いていない」とのご指摘、確かにそうです。
蘇我本宗家滅亡の際には甘樫丘が炎上するイメージがありましたが、日本書紀を読み返してみると確かにそんなこと一言も書かれていません。まさに目からウロコです。
発掘調査の結果、甘樫丘には焼けた跡がなく、蘇我の要塞は存在しなかったのではないかという推測もありますが、れんしさんのご指摘の通りだとすればその謎も解けます。

‥‥でも、もう書いちゃった。第3部の冒頭で、甘樫丘が大炎上するシーンをね。もう書き直さないよ~だ。ってか、書き直す時間も体力もないもんね。
もっと早く知りたかったなぁ、れんしさん。

Re: 確かに

コメントありがとうございます。

> もっと早く知りたかったなぁ、

たとえ『皓月』第3部執筆前にこのブログの記事を読んで「目からウロコ」といっていただいたとしても、甘樫丘に火の手があがらない乙巳の変は、『皓月』の一ファンである私が決して許さなかったでしょう。

入鹿が大極殿で殺され蝦夷が燃え上がる館のなかで自尽するのは、織田信長が本能寺の変で炎に包まれながら「人間50年・・・」を舞って自決するのと同じぐらい、はずしてはいけないシーンだと思うのです。

それが許されるのは『信長の棺』のように死因に異説をとなえるのがテーマとなっている物語だけでしょう。

私のほうはあえて異説をとなえているわけではありませんが、真偽は別にして理屈の向こうに見えるストーリーにこだわってみたいと思っています。

ただ、現在上記の続きを書いているところですが、私のなかの「乙巳の変」がどんどんおもしろくないものになっていってしまい、さすがに困っています。

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