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大化改新の方程式(84) 

古人皇子は出家していなかった
前回の『大化改新の方程式』で触れたように、蘇我倉山田石川麻呂は乙巳のクーデターにおいて蘇我父子ともども古人皇子を亡き者にするのは阻止すべきと考えていたというのが私の考えだ。

おそらく軽皇子らクーデター派に参加する条件として石川麻呂があげたのは、蘇我本宗家の2人(蝦夷と入鹿)を抹殺すること、そして古人皇子には危害を加えないことであったろう。
NHKドラマ『大化改新』で伊武雅刀扮する石川麻呂が鎌足らに味方する条件として腹黒い笑みを浮かべながら「入鹿を確実に殺すこと」をあげていたが、このセリフを若干替えることで実際に近いやりとりになったにちがいない。

石川麻呂が古人皇子に執着する理由は明白だ。
古人皇子が蘇我氏の王子であり、このクーデターの時点で皇太子であったからだ。

石川麻呂が蝦夷と入鹿に替わって蘇我氏の族長となる以上、古人皇子の後見人にならんとすることになんら不思議はない。
入鹿が古人皇子を足がかりに“蘇我腹の大王”を志向したように、石川麻呂も同じ思いを抱いたわけだ。

自分の娘を軽皇子や中大兄に嫁がせてクーデター派と一蓮托生を誓っているのにそれはないだろうと思われるかもしれないが、そこが彼のしたたかなところだ。
蘇我父子の殺害に成功しても、主力部隊が飛鳥に到着する前にカウンタークーデターで中大兄ら実行部隊が壊滅した場合を考えてみよう。
その場合、自らのクーデター派への関与を否定することができさえすれば、古人皇子を擁する彼がより有利なポジションを獲得することになるわけである。
まさに古人皇子を掌中に留めておくことは、石川麻呂にとってリスクヘッジにもなるのだ。

さらにいえば、蘇我氏である古人皇子が存命であることは、もう1つ重要な効果を石川麻呂にもたらす。

以前述べたように(大化改新の方程式(78))、乙巳の変の後処理は「蘇我氏の内部争い」として行われた。
とすれば、蘇我本宗家の財産の多くは石川麻呂のものとなるはずだ。
それでは、ここでもし古人皇子まで“完全に排除”されてしまうと、古人皇子の母、蘇我馬子の娘(法提郎女)を通じて受け継がれた財産はどうなるのだろうか?

さすがにこの財産は大王家のものとして処理されてしまう可能性が大であろう。

石川麻呂とすれば、蘇我本宗家の財産を同じ蘇我氏の相続人として古人皇子と自分が受け継ぐことにすれば、とりあえずはその莫大な財産を散逸させずにすむわけだ。

先に私は“完全に排除”といったが、殺害のほかにもう1つ、石川麻呂には古人皇子の身におこってほしくないことがある。
それが「出家」である。

当時の「出家」がどういうものだったかは判然としないが、「家督を保持したままの出家」は中世以降のこととされているようなので、家督の継承を放棄するに等しい所業とみなされていたのではないだろうか。

古人皇子の処遇に石川麻呂の意向が大きく影響していたとすれば、殺害はもちろんのこと出家もなかったはずである。


<追記>
これは憶測に過ぎないが、後年天智天皇の皇后となった古人皇子の娘である倭姫王の母も蘇我氏出自の皇女であったと思っている。
実は、入鹿には手杯媛(てつきのいらつめ)という妹がいて、それが舒明天皇に嫁いで箭田皇女(やたのひめみこ)をもうけたことはあまり知られていない。以前の記事(大化改新の方程式(48)(49)(50))でみたように入鹿は古人皇子のもとで“蘇我腹”の外戚路線をとることにしたが、この箭田皇女を古人皇子に嫁がせることでその路線を徹底させたというのはありうる選択肢だろう。
倭姫王が天智の皇后になれた理由は、天智天皇にとって彼女が異母兄の娘だったということだけでなく、その母も舒明につながる皇女だったからではなかったか。

コメント

それだけでは

「石川麻呂が望んでいなかったから」だけでは、古人皇子は出家しなかったと言い切る傍証にはならないと思います。

Re: それだけでは

まさにそのとおりです。なので、まだまだ次回も古人皇子の話が続きます。乞うご期待!

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