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大化改新の方程式(94) 

もう1人の主役:押坂彦人大兄皇子
用明2年(587年)における物部守屋討滅事件(丁未の役)勃発の経緯を語る時、敏達天皇死去から穴穂部皇子暗殺までの2年間、ずっと穴穂部皇子を中心とした王位継承争いが続いていたと考えるのは、事態をミスリードするものだと私は思う。

前回みたように、三輪逆討滅事件は穴穂部皇子と三輪逆との対立に便乗した大連・物部守屋と大臣・蘇我馬子による三輪逆外しというのが真相であろう。
三輪逆殺害に積極的だったのが物部守屋であったことを勘案すれば、排仏派(物部・三輪・中臣)内の派閥争いとみることもできよう。事件後、前大王の寵臣殺しという事態の深刻さを憂慮してみせた蘇我馬子に対して「お前に関わりないことだ」と守屋が言ったのは、この事件が排仏派内の主導権争いであったことを守屋自身が認めた証左といえないだろうか。

たしかに、日本書紀は三輪逆が討たれるにあたり大王の座を狙う穴穂部皇子の野心に言及しているが、これは翌年穴穂部が物部守屋と結んでクーデターを謀った事実に基づく後講釈であろう。
同じく後講釈と考えられるのが、そのクーデターを企図した際に、物部守屋がほかの王子を排除して穴穂部皇子を推戴するのは当初からの意志だと書かれている箇所だ。

こうした後講釈が生まれた背景としては、穴穂部皇子と物部守屋がクーデターを目論んだという事実があったことは当然として、それ以上に、このときある人物が現政権(用明天皇であり竹田皇子であり、そしてそれを支える蘇我氏)打倒の行動を起こしたことを隠蔽しようという日本書紀編集上の意図が強く影響しているものと私は考える。

言うまでもなく、その人物とは押坂彦人大兄皇子のことだ。

押坂彦人大兄皇子は用明天皇危篤の報を受け、物部守屋と連携してポスト用明に動いたが、守屋との連絡役である中臣勝海が殺害されたあげく、自邸(水派宮)に幽閉されたのではないかと私は考えている。
彦人皇子の曾孫たちが占める日本書紀編纂当時の朝廷にとって、彦人皇子が王位簒奪を狙って敗れた事実を記録にとどめるのは忍びなかったはずだ。

そもそも、敏達天皇没後の「中継ぎ」の大王選定において、騒動を起こした穴穂部皇子の影に隠れているが、このとき一番面白くない思いをしていたのは、押坂彦人大兄皇子であったといえる。

というのも、以前述べたように、「中継ぎ」の大王には「大兄」がもっとも近い存在であり、しかも先代の「大兄」(池辺皇子=用明)と当代の「大兄」(彦人皇子)であれば、後者が優先されるべきだと考えていたであろう。
また、敏達天皇は仏教に対して距離をおいていたが、その排仏的な側面を継承しているという自負が彦人皇子にはあったのではないだろうか。
加えて、用明天皇となる池辺大兄皇子に対しては特別な恨みがあったかもしれない。7年前、つまり敏達7年に池辺皇子が奸した斎王が彦人皇子の同母妹だった事実を忘れてはいけない。

それがどういう経緯で池辺皇子が大王におさまったのかは不明であるが、少なくとも敏達天皇とは崇仏・排仏の対立を超えたところで厚い信頼関係で結ばれていたものと思われる。

いずれにしても、ここで重要なのは、いったん池辺皇子が即位したあとには、穴穂部皇子も彦人皇子もその事実を認めざるをえない状況になったということだ。

用明天皇の在位が短かったため、もともと病弱で在位中ずっと臥せっているなか、王位への野心満々の穴穂部皇子に好き放題にされたという印象があるが、それこそが事態をミスリーディングする元凶だと言いたい。
用明がかかった天然痘は重篤になれば10日程度で死に至るという病気である(実際用明は発症後、1週間で死亡している)。
つまり、発病したとされる新嘗祭(当時はまだこの儀式は存在していなかったようだが)まではぴんぴんしていたはずだ。

敏達天皇の信頼が厚く、以前の記事(大化改新の方程式(90))で書いたように百済への遣使をこなしたほどのバイタリティ溢れた人物であってみれば、この用明天皇の治世がこんなにも早く終わりを迎えるとはだれが予想しただろうか。
おそらく用明存命中に、正統なる王位継承者である竹田皇子が成人し「太子」となるという順当な未来をだれもが思い描いていたにちがいない。

穴穂部皇子に残っている野心があったとすれば、それは、池辺皇子の後釜として欽明天皇の第一世代の皇子たちの「大兄」を名乗り、朝政に参画させてもらうことであったろう。
一方、彦人皇子にすれば、王位への未練を捨て、今後は排仏派を代表する王族として、崇仏的傾向の強い用明天皇の歯止め役になろうぐらいに思っていたのかもしれない。

そして、そのすべての人々の思惑を裏切ったのが、在位2年目を迎えたばかりの用明天皇を襲った天然痘なのである。

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