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大化改新の方程式(96) 

続・丁未の役前夜
あけましておめでとうございます。
この「大化改新の方程式」(旧:『偽りの大化改新』を読む)は当初10回程度のシリーズのつもりでしたが、大化改新とはほど遠いところで四苦八苦しているうちに、まもなく100回を迎えようとしております。それでもこうして続けていられるのは、読者の皆様のささえあってのことです。ありがとうございます。
本年も変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いいたします。


587年の物部守屋討滅事件、いわゆる「丁未の役(ていびのえき)」に至る過程で、押坂彦人大兄皇子に物部守屋と中臣勝海とが与するクーデター計画が存在したというのが、前回までの私の仮説である。

ここでネックとなるのが、日本書紀に記された中臣勝海が“太子”彦人皇子と竹田皇子との像をつくり、呪いをかけたという一件だ。
この記述は中臣勝海が物部守屋に味方したという一節に続くものなので、彦人皇子・物部守屋・中臣勝海3者が共謀したクーデター計画が存在する余地などないことになる。

この記述のうち彦人皇子を“太子”と呼ぶことについては、「近親婚による20歳以上の男子が王位を継ぐというルール」が存在したとする立場からは、後世の脚色ということになっている。
推古は、敏達の即位当初からその妻であったのであり、欽明の娘である推古を差し置いて、〔引用者注:押坂彦人大兄皇子の母である〕広姫が「皇后」(大后)の地位に立てられたとは考え難い。押坂彦人大兄を「太子」とし、その母を「皇后」とするのは、押坂彦人大兄の子孫が皇位を継承していくことになった段階での潤色であろう。(『飛鳥と古代国家』篠川賢 p.92)
だが私は、彦人皇子を“太子”と呼ぶことだけでなく、ここに彦人皇子をいれたこと自体が日本書紀編纂時の潤色だったと考える。

日本書紀の穴穂部皇子騒動の件を読んだ読者にとって、物部守屋と中臣勝海が当初より大王候補として穴穂部皇子を推戴していたということは当然のように思えるだろう。
だから、物部守屋に与する中臣勝海が穴穂部皇子のライバルである彦人皇子と竹田皇子双方を呪詛したことはごく自然に納得できてしまう。

しかしながら、先にみたように、物部守屋と穴穂部皇子との線は穴穂部が法師を連れて参内した時点で切れているし、押坂部史毛屎が物部守屋に朝廷内の物部糾弾の動きを知らせたことは物部守屋と彦人皇子との連携を示唆している。

また、中臣勝海の行動にしても解せない点がある。
彼は呪詛が失敗したとして急遽彦人皇子側に寝返るが、呪詛とはそんなに短期間に成果がでるものなのか。
7日目で満願となる丑の刻参りの術式が確立されるのは奈良時代以降のことだとしても、日本書紀の記述によれば、それよりもずっと短い日数で事態は進行している。
こんな短期間で諦めて、あろうことか呪詛の相手方に寝返るとは、神事を司る中臣氏としてはあまりに情けなさ過ぎないか。

とすれば、中臣勝海が彦人皇子を訪れたのは、彦人皇子と物部守屋との連携の橋渡しをするためであったと考えるほうが自然であろう。

ところで、中臣勝海の呪詛の対象が成人前の竹田皇子であったという事実をあらためて考えると、正統なる王位継承者が「皇太子」となる前に消滅することで、このクーデター成就後に即位する大王は、「中継ぎ」ではなく新たな王統の担い手となることを意味するのである。
つまり、彦人皇子が仕掛けた政争は、次期「中継ぎ」大王をめぐる争いではなく、王統の担い手をめぐるそれであったといえよう。

いずれにしても、このクーデター計画は中臣勝海を見張っていた迹見赤檮(とみのいちい)によって勝海が暗殺されることであえなく潰え去ることになる。

なお、日本書紀では迹見赤檮の素性を「舎人」とするだけでだれの舎人なのか判然としないが、彦人皇子の舎人ではありえない。
というのも、たしかに、物部守屋に与することの不利を悟って彦人皇子が自分の舎人である迹見赤檮に中臣勝海を殺させ、さらにその赤檮を蘇我馬子率いる物部守屋討滅に従軍させたという解釈がなりたつが、もしそうであれば、丁未の役後の論功行賞にて迹見赤檮が与えられた一万田なるものは、主人たる彦人皇子に与えられるはずであろう。
また、日本書紀編纂の段階で、彦人皇子の舎人たる迹見赤檮の活躍としてもっとその功績を称える記述を残すはずある。
おそらく『聖徳太子伝暦』にいうように、聖徳太子(厩戸皇子)の舎人とするのが正しいだろう。

こうして迹見赤檮の活躍により彦人皇子主導のクーデターは未然に阻止され、彦人皇子は水派宮に幽閉されたとするのが私の描く丁未の役前夜の状況なのである。

それでは、その後なぜ穴穂部皇子は再び物部守屋と結ぶことになったのであろうか。
それについては次回明らかにしたい。

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