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大化改新の方程式(100) 

100回目なので・・・
当初は『偽りの大化改新』(中村修也)をもとに自分なりの大化改新像を10回程度でまとめておくつもりであったが、乙巳の変前夜と聖徳太子の時代を行きつ戻りつしている間に、100回を数えてしまった。

この「大化改新の方程式」(途中で「『偽りの大化改新』を読む」から改題)は、新書レベルの知識をもとに理屈だけでどこまで大化改新という古代史の謎に迫ることができるかという思考実験である。
それゆえにこそ、論理が破たんしている箇所や専門書ベースで十分議論がなされている論点について、読者からご指摘いただければ真摯に受け止める姿勢は堅持したい。
場合によっては、一から論理を組み直すことも必要であろうし、実際にそうしてきた。

もちろん無節操に他説を接ぎ木するつもりはない。
「改題について」という以前の記事(大化改新の方程式(38))で述べたように、記紀編纂時の改変に対する以下のような私のスタンスは何があろうと変えることはないだろう。
記紀編纂時の支配者層(決して持統とか不比等とかという一握りの人々ではない、皇族や貴族層全体という意味)で広くコンセンサスが得られる範囲での加筆や削除が行われただろうが、それ以外の部分は、言い伝えや原資料をそのまま採用したものという意味において、なんらかの史実に裏付けられているものである。

記紀編纂時に全くの虚構をつくるつもりだったら、もっとうまくやっただろうし、また、なにかとてつもないことを隠し、後世の人々を欺く明確な意図をもって編集をするほど当時の支配者層に「何を隠蔽するか」についてのコンセンサスがあったとは思えない。たとえあったとしても、それについては触れなければすむはずだ。わざわざギミックだらけの別の物語をでっちあげるほど暇じゃないだろう。

このようなスタンスゆえか、理屈を展開した割には通説と言われているものとさして変わらない結論になったりもする。
実際、オリジナリティに欠けるというご指摘もいただいた。

ただ、いくつかの重要な論点については、私独自の考えを表明できたと思う。

そのひとつとして、

 鎌足は失脚していた 

がある。

実は『偽りの大化改新』はかなり以前に読んでいたので、このブログで大化改新論を書き始めた直接のきっかけは、別にあった。
それは、「鎌足=豊璋」説があたかも隠された歴史の真実であるかのごとく蔓延しはじめたからだ。
上記のような記紀編纂時の改変に対する考え方にたって、こうした「隠蔽の陰謀」説を否定したいと考えたのが、正直なところだ。
それが成功しているかどうかは読者のご判断にまかせたい。(詳しくは『偽りの大化改新』を読む(23)(24)

なお、内容に関する批判ではないが、知人より「過去のタイトル一覧をみると、見出しのようなタイトルではないのでどこに何が書いてあるかわからない」という指摘を受けた。
たしかにすべてのタイトルが、「大化改新の方程式(回号)」であれば、私ですら見返す気が起こらない。

今後はタイトル表記を考え直すとして、とりあえず、過去99回の見出し(サブタイトル)を以下に掲げておく。
このようにみると、100回を数えた割には、まだまだ大化改新については語るべき多くのことが残されていることに気づかされる。

(1) 邪馬台国と並ぶ日本古代史最大級の謎に挑む
(2) 『飛鳥の朝廷と王統譜』も読む
(3) 『偽りの大化改新』があげる謎
(4) 少しの謎もない皇極女帝誕生の理由
(5) キーワードは“皇極という女帝の存在”と“唐にかぶれた軽皇子の野心”
(6) 歴史から消された“女帝を不可とする考え”
(7) 孝徳天皇の“唐真似路線”
(8) 「韓政に因りて誅せらるる」の真相
(9) なぜ入鹿たちは上宮王家を襲撃したのか?
(10) 「皇后朝に臨みたまふ。心必ずしも安くあらず。焉ぞ乱無けむ」の意味
(11) 蘇我父子の汚名の源? 宝皇女の“興事好き”
(12) 宝皇女が大唐の向こうに見たもの
(13) 宝皇女“興事志向路線”の原点
(14) “興事志向路線”の一貫だった今来の双墓造営
(15) 皇極2年冬10月3日に何があったか
(16) 642年、東アジア大変動の始まり
(17) 異例の事態が展開していた皇極朝の外交
(18) 錯綜する642年と643年の外交記事
(19) 甦る60年前の日羅建策
(20) 百済に翻弄される倭朝廷
(21) “韓人”の正体
(22) 6月12日、その日何が起こる予定だったのか
(23) 鎌足は豊璋にあらず
(24) 軽皇子の忠実なる僕(しもべ):中臣鎌足
(25) 中大兄こそが軽皇子と鎌足の傀儡
(26) 鎌足と軽皇子との絆、大唐への憧憬
(27) 孝徳三人衆-鎌足・黒麻呂・日向
(28) “律令君主”の伝道師・高向黒麻呂
(29) 孝徳政権の親新羅的側面
(30) 毗曇の乱と黒麻呂
(31) 倭国に期待した金春秋
(32) クーデターのタイムリミット
(33) 近親婚による王位継承で読み解く政争(1)
(34) 近親婚による王位継承で読み解く政争(2)
(35) 近親婚による王位継承で読み解く政争(3)
(36) 近親婚による王位継承で読み解く政争(4)
(37) 近親婚による王位継承で読み解く政争(5)
(38) 改題について
(39) 崇峻天皇暗殺の真相
(40) 「20歳」の意味
(41) なぜクーデターは644年に実行されなかったのか
(42) 古人大兄立太子と中大兄皇子の立場
(43) 続・古人大兄立太子と中大兄皇子の立場
(44) 「蘇我腹」に執着しない蘇我氏
(45) 再考:「蘇我腹」に執着しない蘇我氏
(46) 「蘇我腹」に執着しなかった蘇我馬子
(47) 山背大兄が王位を争った理由(わけ)
(48) 入鹿が見た大王家と蘇我家の未来(1)
(49) 入鹿が見た大王家と蘇我家の未来(2)
(50) 入鹿が見た大王家と蘇我家の未来(3)
(51) 「蘇我離れ」ではない百済宮・百済寺の建設
(52) 八角形墳の話。そして、お詫び
(53) 「大唐コンプレックス」の始まり
(54) 「対等外交」のためのエビデンス
(55) 600年の屈辱
(56) でっちあげられた600年の新羅遠征
(57) 第1回遣隋使はいつ帰朝したか
(58) 百済・高句麗と連携した新羅遠征の目的
(59) 兄の面子、弟たちの悲劇
(60) 斑鳩宮造営から始まる“大和改造計画”
(61) 厩戸が描いたシナリオ
(62) 軍師 慧慈
(63) 厩戸マジック
(64) 続・厩戸マジック
(65) 第2回遣隋使“成功”の背景
(66) “打ち出の小槌”を手に入れた上宮王家
(67) それからの厩戸と上宮王家
(68) 同時代人の厩戸像
(69) なぜ遣唐使をもっと頻繁に派遣しなかったのか
(70) 632年のトラウマ(1)
(71) 632年のトラウマ(2)
(72) 632年のトラウマ(3)
(73) 632年のトラウマ(4)
(74) 蘇我氏は進歩派か守旧派か
(75) 続・蘇我氏は進歩派か守旧派か
(76) 「公共事業」の請負集団としての蘇我氏
(77) それぞれの乙巳の変~石川麻呂の場合
(78) なぜ蝦夷は天皇記・国記を焼いたのか
(79) なぜ高向国押は「空しい戦い」と言ったのか
(80) クーデター派が手本にした「玄武門の変」
(81) [仮説] クーデターは、綿密に計画され、実行された
(82) “賊党”高向国押
(83) 古人皇子は逃がされていた?
(84) 古人皇子は出家していなかった
(85) 「出家」した2人の皇子
(86) 「中大兄」としての葛城皇子
(87) 「大兄」考
(88) 続・「大兄」考
(89) 消された「池辺大兄皇子」
(90) 謎の王族「大別王」の正体
(91) 大兄2人体制
(92) 穴穂部皇子騒動
(93) 三輪逆討滅事件
(94) もう1人の主役:押坂彦人大兄皇子
(95) 丁未の役前夜
(96) 続・丁未の役前夜
(97) 穴穂部皇子誅殺
(98) 「大兄」論再考
(99) 「丁未の役」論点メモ

コメント

100回おめでとうございます

ついに100回ですね。
おめでとうございます!!
列挙されたサブタイトルを見ていると、
その折々に教えられたこと・発見したこと・感嘆したことなどなどが
さまざま去来し、胸熱くなる思いがします。

れんしさんのスタンスは、私流にぶっちゃけて言ってしまえば
「日本書紀は、嘘っぱちやでっちあげなんかじゃない」
ってことなんだと思います。
編纂時の偉い人たち(れんしさんおっしゃるところの支配者層)が
「ま、こんなもんでしょう」
と認めた基盤の上に立って、歴史的事実を冷静に書き記したもの、
それが日本書紀であると私も信じています。
ある程度の制約はあったにせよ、そうした
「歴史というものに真摯に向き合う態度」は
評価されてしかるべきで、そこに誰かが故意に
暗号めいたものをすべり込ませたり、
誰かの出自を創作したりしたとは思えません。
それを疑うことは彼らの真摯さに対する冒涜のようにすら感じられるのです。

蓄積された膨大な知識をもとに
(ご本人は「新書レベル」などと謙遜してるけど)
理論を組み立てていく「思考実験」は、
それが丹念に積み上げられたものであるだけに説得力を持っています。
歴史、特に古代史の研究においては、
人目を引く大胆な推論が提起されることがままありますが
確実な史料精査の上に立ったものでなければ
それは単なる「ファンタジー」にすぎません。
その点、れんしさんのこの「思考実験」は、
行き止まりになった道をひとつづつ塗りつぶしていき、
最後に残った道だけが出口に通じる迷路ゲームのような
充実感と爽快感があります。
最後に残った道が「通説」であったとしても恐れないでください。
進む道がそれしかないのであれば、それが「真実」です。
「真実」にオリジナリティは必要ありません。

まだまだ塗りつぶすべき道は多く残っています。
行け、れんしさん!
200回、300回、1000回めざして!
破れた帆をあげ暗い海を行く船の、
行き先を照らす灯台であれ。

Re: 100回おめでとうございます

梅前さま

ありがたいお言葉をいただき光栄です。
こうして続けてこれたのも、梅前さんのような読者がおられたからです。
あらためてお礼申し上げます。

勝手ながら『皓月3』を手に取る頃までに、
この「大化改新の方程式」もまとめあげたいと思っていたのですが、
いまのペースだとむずかしそうですね。

おっしゃるとおり、焦らず、こつこつ塗りつぶしながら進めるだけ進もうと思います。

これからもよろしくお願いいたします。

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