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大化改新の方程式(134) 酒船石から冬野は・・・

今回は前回の記事を受け「飛鳥防衛システム構想」をとりあげる予定であったが、かねてからの懸案であった「冬野が両槻宮である可能性」について大きな進展があったので、ここで報告しておきたい。

結論からいえば、冬野の山稜から昇る冬至の太陽を飛鳥宮の東の丘(酒船石遺跡の丘陵)から拝すという祭祀のイメージを根拠に冬野を両槻宮に比定するのは、非現実的であることが判明した。

というのも、飛鳥宮の東の丘から冬野(電波塔のあるあたり)を望むことはまったく不可能であったからだ。
両槻会の風人様のブログの記事の下のほうで検証いただいている画像を見れば一目瞭然。飛鳥から冬野の電波塔を望めるのは、明日香村役場(飛鳥浄御原宮のエビノコ郭があったあたり)が限界だった。
風人様、そして、私の説に興味をもたれ風人様とのあいだをとりもっていただいた梅前様ありがとうございました。

実は、風人様のご指摘と前後して、自分でもカシミールという地図ソフトを使って検証し、やはり同じことが確認できた。
以下、ソフトから出力した画像にて説明をしておきたい。

これは酒船石のある丘頂に5mの祭壇をつくったと仮定して、その位置から冬至の日の出の方向(東南)を望んだ3Dシミュレーション画像である。
斜めに走る黄色い線は太陽の軌跡。実際の日の出の時刻(7時ごろ)では、まだ山影に隠れている。山稜から太陽が顔を出すまでなお1時間ほどかかる。
両槻宮_酒船石5mから
明日香村クリーンセンターから冬野へアプローチ(画像上では右端から左へ稜線に沿って移動)する途中に高山寺がある。この寺は冬野に向かって尾根の右側にあるので地上からは見えるはずはないが、目印として尾根の左側に「高山寺北側」という仮のスポット名を登録しておいた。
画像からわかるように、このスポットより先は手前の藤本山に阻まれて見えない。つまり、冬野(電波塔のあるあたり)はまったく視界にはいってこないわけだ。

このソフトは「見えないスポット」を表示することができるので、同時刻の画像でその操作をすると、このことはもっとはっきりとする。
両槻宮_酒船石5mから_すべて表示
さきほどの画像になかった御破裂山、冬野(電波塔)、良助親王墓が出現しているが、これらはすべて藤本山に阻まれて見えないスポット。お目当ての電波塔(その背後に波多神社がある)はおろか、山稜から顔を出す太陽が重なる地点と思われる良助親王墓も隠れてしまっている。

酒船石のある丘頂からどこまで上空に行けば、それらを視界に捉えることができるのか?
かすかな期待を込めてシミュレートしてみたところ、なんと良助親王墓で50m、冬野(電波塔)なら70mという数値・・・。酒船石サイドの祭壇あるいは冬野サイドのランドマーク(両槻宮であれば道教の寺院があるはず)をちょっとやそっと高くしたとしても、追いつくレベルではない。
ちなみに、下の画像は100m上空から午後3時ぐらいの風景をシミュレートしたもの(見えるスポットのみ表示)。このアングルと時刻なら手前の藤本山と背後の冬野との位置関係がよくわかるだろう。
両槻宮_酒船石100mから(午後)

ところで、飛鳥浄御原宮のエビノコ郭(明日香村役場あたり)からの画像もシミュレートしてみた。
まずは、冬至の日の出の画像(見えるスポットのみ表示)。太陽が顔を出す地点が高山寺のあたりに移動しているのがわかる。
両槻宮_飛鳥宮から

こちらは同じアングルの午後の画像(見えるスポットのみ表示)。風人様の検証画像にあるとおり、飛鳥から冬野の電波塔を望むには、ここが北限となる。
両槻宮_飛鳥宮から(午後)

以上のことから、私が夢想していた「冬至の日の出前に丘陵の北裾の大嘗宮で沐浴をすませた大王が石段を登って丘頂にいたり、祭壇におかれた石板(酒船石)の溝の延長上に上る太陽に向かって天帝を拝すという構図」は、もろくも崩れ去ってしまった。

たしかに、酒船石で行われる冬至の祭祀(皇帝祭祀)との関わりから冬野を両槻宮とみる私独自の考えは破綻してしまったが、それとは別のアプローチで冬野を両槻宮とみる説(たとえば『日本の道教遺跡を歩く』での千田稔の説)まで否定されたわけではないことは言っておきたい。
日本書紀に持統天皇が行幸し宿泊した記録がある(持統7年9月)ことから両槻宮の比定地にはそれなりの広さをもった平坦な土地が必要であること、また、波多神社という謎めいた神社があることなど、なお冬野には捨てがたいものがある。

一方、上記の画像群でわかるとおり、藤本山の存在感はかなりなものだ。現在展望台があるのも頷ける。
宮地建設に十分な平地が確保できたことを確認できれば、両槻宮の比定地としては最右翼というべきだろう。

ところで私のトンデモ説についてだが、昇る太陽を直接祀るという点にこだわらなければ、飛鳥宮の東の丘で冬至の祭祀を行ったというシナリオにはなお命脈があると思っている(たとえば、酒船石に刻まれたデザインが冬至・夏至の方向を指し示している点)。
皇帝祭祀のあり方をさらに調べたうえで、再チャレンジしたい。

そのときはあらためて両槻宮の比定地についてもコメントできるといいのだが・・・。

コメント

これですね!

昨日はお疲れさまでした。

これですね!すごいおもしろい!!

最近、川の向こうからのぼる朝日、逆側に沈む夕日の写真を撮りに行きますが、何時にどこに行くのがベストかわかるのかな?ま、こういうのは自分の足で探すのも楽しみですが。

また新たな発見を楽しみにしてます!

Re: これですね!

ももそさま
コメントありがとうございます。

毎回お会いできるのを楽しみにしています。
また次回もよろしくお願いいたします。

> これですね!すごいおもしろい!!

なにか調べてほしいものがあったらご用命くださいませ。

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