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大化改新の方程式(146) 乙巳の変の背景(2)~皇極女帝の“興事路線”

前々回に触れた山背大兄が「女帝不可」の思想に飛びついた理由とその顛末については、上宮王家滅亡事件は倭国版「毗曇の乱」だった大化改新の方程式(112))、続・上宮王家滅亡事件は倭国版「毗曇の乱」だった大化改新の方程式(113))、「上宮の王等の威名ありて」の意味大化改新の方程式(114))という一連の記事において詳しく論じている。
そこでの私の主張をまとめれば以下のようになる。
王位継承の芽がなくなった山背大兄が「女帝不可」の思想によって敗者復活の大義名分を得、皇極女帝の“興事路線”への豪族たちの反発が彼の野心に力を与えた。
そして、私の想定では、山背大兄は実際に挙兵の準備をしていたのであり、それを的確な判断で未然に防いだのが蘇我入鹿だった。

この「皇極女帝の“興事路線”」という表現には説明が必要だろう。なぜなら“興事好き”は斉明期での宝姫王の形容だからだ。
そこで、「斉明期の宝姫王が“興事好き”なら、皇極期の彼女だって同じであったはず」とみてはどうだろうか。
これが私の着想の原点である。
さらに、後年孝徳天皇を置き去りにして飛鳥に還ってしまったのは、皇極女帝としてやり残した事業があったからではなかったか。
もしそうであれば、斉明期に興事として着手されたことが、皇極期でも行われたはずである。
とすれば、蘇我氏の横暴として叙述されている所業のなかにも、宝姫王の興事の痕跡を見出すことができよう----。
この思考実験が生み出したトンデモ説の詳細は、「天」を祀り「天」として祀られる大王大化改新の方程式(129))、皇極紀にみる「皇帝祭祀」の記録の断片大化改新の方程式(130))を見ていただきたい。
あえてそのエッセンスを抽出するなら、以下のような理屈となる。
宝姫王が企図したのは、亡夫・舒明大王を初代とした「新たな王朝の創出」であり、そのために必要な工程が「飛鳥の聖地化」であった。そして、その手段として彼女が着目したのが中国王朝での皇帝祭祀だった。

皇帝祭祀による権威づけの思想を彼女に植え付けたのは、高向玄理をはじめとした遣隋留学組であろう。もちろん彼らが想定したのは、男帝のもとでの祭祀であったのだが…。

即位早々新たな倭国皇帝像の確立に邁進する皇極女帝は、合わせて百済大寺の再建にも着手。不足する労働力の確保のため、彼女が目をつけたのが、上宮王家の財政基盤である壬生部だ。その解体は同時に、「女帝不可」を唱え反皇極勢力の中心となっていた山背大兄の力を削ぐことにもなるのだ。
宝姫王の構想の実行部隊である蘇我本宗家が壬生部の接収に動いたところで、大王家と上宮王家との対立は抜き差しならないものになっていたにちがいない。

そして、両家の対立は大王家の勝利に終わる。
がしかし、皇極女帝と入鹿の強引な施策への不満は、新たな政争の火種として残った。
次にそれが燃え上がったのが、外交を舞台として、しかも、大王家の内部からであった。
そのきっかけをつくったのが、百済・義慈王による新羅親征----642年の出来事だ。

コメント

王朝の始祖

 先日の飛鳥での貴殿との邂逅は、小生にとって欣快の至りであった。小生の正体が貴殿のみならず周囲の人々にも露呈してしまったのはいささか残念なことではあったが、貴殿と一掬の酒を酌み交わすことができたのは、小生にとって値千金、まさに稀覯の経験であった。この場を借り、心より御礼申し上げる。
 さて、今回の貴殿のブログを読んで思うところにつき、筆硯を呵しておきたい。貴殿の論点とは少々ずれると思うが、どうかお許しいただきたい。
 貴殿も論じられているように、皇極・斉明が、舒明を「新たな王朝の始祖」として位置付けたいと希っていたことは、小生も論を一にするものである。舒明にはそうした強い意思があったと考えたい。それまでの王統と血脈を異にする舒明がそれを望んだとしても何の不思議もないからだ。近頃過大に評価する向きもあるようだが、皇極・斉明は舒明のそうした路線を継承しただけの人物と小生は考えている。
 しかし、それならばなぜ、日本書紀は舒明をそうした人物として描写しなかったのかという謎が残る。日本書紀を構想した天武にとって、舒明は実父であり、それを王朝の始祖とするに問題はないどころか、その権威を宣揚してあまりあるものであるはずだからだ。そのあたりに息長氏と大王家との確執を想起するのはいささか飛躍が過ぎるであろうか。

Re: 王朝の始祖

大黒丸様

コメントありがとうございます。
私も大黒丸様とはあのようなかたちでお会いするとは思いもしませんでした。
お互い氏素性知れる仲となりましたが、今後も忌憚なきご意見を賜りますようお願いいたします。
また両槻会のイベントでお会いできる日を楽しみにしております。

さて、さっそく鋭いご意見をいただきました。

> それならばなぜ、日本書紀は舒明をそうした人物として描写しなかったのか

たしかに舒明系にとって重要な豪族である息長氏が日本書紀では影が薄い点はなんらかの説明が必要だと思います。
ただ、上記の疑問点については、以前書いたように、高天原神話が創出される過程に関係しているのだと思っています。

詳しくに検証したわけではないので根拠なきインスピレーションレベルで許していただけるなら、「万世一系の皇統神話にとって、皇祖が“つい数代前の”舒明では好ましくなかった」ということかと。
地上世界に実際に存在する飛鳥という聖地ではなく、天上世界の高天原が天壌無窮の皇位を担保しているという演出が必要だったわけです。
アマテラスのモデルとして持統や元明をもってくるのはほぼ通説となっていますが、切り捨てられた神話のストーリーのなかで斉明をイメージしたものが存在したのではないか、そしてその残滓が万葉集や古事記のなかに残っているのではないかと思っています。
つまり、高天原の概念は、斉明が企図した聖地・飛鳥から着想を得つつも、それを否定するところで完成形をみた、ということです。
これについて論じることがあるとすれば、おそらくずっと後になろうかと思いますので、今は覚書程度のものとしてご容赦のうえお読みくださいませ。

新年おめでとうございます

「毗曇」という文字に反応してしまいます。韓国のイケメン俳優「キム・ナムギル」のクールなのにかわいい笑顔が浮かんでしまう。
「義慈王」にも、時の将軍「ケベク」を演じた「イ・ソジン」を思い出します。

ここ10年前くらいからの「第二次古代史ブームinももそ」は、韓国ドラマが原因なんですよ。最近は見ませんが。

実物の顔が頭に浮かんだほうがイメージしやすいので、れんしさんのブログを読むときもドラマを思い出してます。
日本の人物は、天智天皇が石坂浩二、推古天皇は松坂慶子です。
われらが皇極天皇は、残念なことに俳優の記憶がないです。

日本の古代史を含めた世界の歴史を今年もゆる~く眺めていきます。

息子さん、来週センター受けるんですか?
うちの娘、私に似てゆるいので、期待しないで見守る母です。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

Re: 新年おめでとうございます

ももそさま

こちらこそ本年もよろしくお願いします。

実はこれまであまりに長すぎるという理由で、韓流は避けてたのですが、
妻が昨秋、アジアの歴史ドラマを見たいというので、
(比較的短い)『ケベク』はいかが?とすすめたところ、
夫婦ともども完全にはまってしまいました。

この正月からは「善徳女王」を楽しんでいます。
おそらくこの時代のものしかみないとは思いますが、
遅咲きの韓流ファンといったところです。

> われらが皇極天皇は、残念なことに俳優の記憶がないです。

岡田准一が鎌足役をやった『大化改新』では、高島礼子が皇極をやってましたね。
われらが『皓月』でのタカラのイメージに合うかどうかは人それぞれでしょうけど…。

そんなこんなの話を梅前さんを交えてお話したいですね。
またお会いできる日を楽しみにしております。

PS 愚息も来週はセンターです。
  お互いこれからぴりぴりした3か月となりますが、なんとか乗り切って花見の季節を迎えたいですね。

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